福島県南部地方、天栄村にある河童淵と深い関わりがある赤津神社(不開神社)、どうやら河童淵の伝承の内容にもある河童の詫び証文がある神社のようです。どんな感じなのか気になったので訪問してみました。
2019年5月10日訪問
1、赤津神社の見どころ
この赤津神社(不開神社)ですが、河童が殿様に書いたの詫び証文がある神社です。→詫び証文についてはこちら
殿様と約束した河童が、この地域の人々、農作物等を水害から守ってくれたことから祀られるようになり、その約束の証である証文を埋めた祠を守るように社が建てられ、今現在神社として存在しています。
なので、やはり見どころはその祠、という事になります。本当は詫び証文等があれば嬉しいのですけど、地下深くに埋めた、とあるのでその上に立っている祠を見たいと思います。
赤津神社の規模その物の規模はとても小さく、祠のある本殿はとても小さく、手前に建てられている木造の社によって道は封じられ、直接参拝することが出来ませんでした。
ですが、手前の建物を後ろに回り込むことで、祠のある本殿を見学する事は可能です。フェンスはありますが、隙間から本殿をみる事位はできました。
撮影機器 KYV42 2019年5月
左に写っているのが祠のある本殿と思われます。
残念ながら祠そのものは見えませんでしたが、小さい建物があり、(何かが祀られている事が分かる)、と言った感じでした。とても残念です。折角なので見たかったのですが。
しかし、立地条件等から、地元の子供達にいたずらされても仕方ない条件下なので、文化財と関連性の高い祠を保存する為には仕方ないのかもしれませんね。
ですが、諦めるのはまだ早いです!
正月は多くの神社が参拝客の為に準備をするので、普段参拝客のこない神社にも参拝者は訪れます。
なので、この赤津神社も、もしかすると元旦には参拝する事ができるかもしれないので、機会があれば正月に参拝に訪れてみようと思います。
追記>この赤津神社は、農業用の土地整理の為、以前とは場所を移され現在の場所にあるとの事でした。その際、詫び証文は発見されなかったものの、昔、荒らされた事を受け、詫び証文をさらに深く埋めたとの経緯がある事から、「神が誰にも見つからな場所にお隠しになった」と言われるようになり、今も尚信じられているとの事でした。
参考文献、天栄村公式サイト、福島県サイト
2、名前の由来は?
この赤津神社ですが、もともとのなまえは、証文が埋められ、開ける事が出来なかった事などから、不開(あかづ)と言われていました。あかづのトビラという意味合いですかね。
それが現在は文字を変え赤津(あかづ)となり今も信仰の対象として存在し続けています。
3、河童淵から徒歩5分の距離
この赤津神社(不開神社)なのですが、河童淵から徒歩で5分程度の場所にあります。
河童淵から西方向に視認出来るので、場所を確認するのは簡単です。
赤津神社より河童淵方面、画面中央が河童淵です。
→赤津神社の地図はこちら
また、駐車場はありませんので河童淵同様、鏡石町のふれあいの森や、迷惑にならない場所へ駐車するようにしてくださいね!
①河川敷を歩くルート
河童淵から、そのまま河川敷を西の方へ歩きます。距離にして300m位かと思いますが、少し草木が生い茂っている場所があり、木造の建物が見ますのでそちらが赤津神社です。
赤津神社側から河童淵方面を見た写真です。中央の少し上の方に河童淵が見えます。
②車道を通るルート
河童淵のある橋をそのまま河童淵を通り過ぎ、300m程進むと農道の入り口に小さな茶色い柱で、赤津神社と案内がありますので、そこを左折してすぐ右側にあります。
車道側から見た赤津神社への入り口です。右側に小さな案内棒があります。
4、まとめ
- オススメ度 ★~★★★河童淵と一緒に
- 交通の便 ★★ 駐車場が無い
- 不気味さ ★★★ 夜は控えましょう
この赤津神社(不開神社)は、一見どこにでもある小さな神社で、参拝客もあまり訪れない様な神社でありました。
ですが、河童の詫び証文の事を知ってからこちらを訪れると、天栄村の民話を楽しみながら、その祠ってどんな物なのだろう?等楽しみながらみる事が出来るので河童淵の案内文を読んでからこの赤津神社を訪れると楽しみが増しますので、
河童淵→赤津神社の順で訪れるとオススメです!
正直赤津神社だけで訪れると、少し木々が生い茂って祠や石碑が10個程度ある気味が悪いだけの神社となってしましますので。
また、上記にも記しましたが、夜訪れるのはオススメしませんので、明るい内にいきましょう!あまりいないとは思いますが一応~
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